kototamanomanabi’s diary

❤️「古事記と言霊」著者島田正路氏の講義を聞き、講義を自分なりにまとめた記述です

日本人の「ありがたい」と言う言葉の意味と、言葉の本質

日本語の「ありがたい」と言う言葉は、最高の言葉である。

英語の「Thank You」とも異なり、

「ありがたい」と言う言葉日本語のみに存在し、

西洋には絶対にない言葉である。

どう言うことかと言うと、

 

「ここに生きていることは奇跡だ」と思うこと。

これが「ありがたい」である。

ここにいると言うことはかけがえもなく

ありがたいことだとわかりますと、

光に包まれて、素晴らしい人生なんだと思うことですから、

俳句の訓練に入っていく。

 

言霊の事を勉強をして、理屈の上で理解しますと、

今度はご自身の心で、この世の中に生まれ合わせて、

殺し合いとかが起こり、変な世の中だけれども

こうやって生きている事は、ありがたい事なんだと、

わかるように、1つ1つ自分の身を顧みてみると。

言霊の学問とは、そのまま、自分が息をして生きて、

生活をしているそのものなんだと言う事がお分かりなります。

生きている状態で何かをしている。

それは、たいそうな事をするかと思えば

こんなことしなければいいのにと思う事をする。

その生活事態が、ここに書いてある事を

実行している事なんだと言う事なんです。

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建仁寺の青紅葉 © 9689tatsuya クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/

 

昔の、スメラノミコト(天皇)が

全世界を動かないで政治をなさって、世界を納めていた頃、

人は動かなくても、自分と地球上の世界が一体になり、

どこに何があるかがよくわかりますから、先々をよんで、

「ああした方がいいよ」「こうした方がいいよ」と、

言いますと、その通りに動いていく。

その為、言うことを聞かない人がいなくなってくる。

それは、理屈で言っている訳でもなく、

外界が自分と同体となっているからである。

お母様がかわいいお子様を見た時と同じような感覚。

ある方が、お子様を12人お生みになられ、

1人も欠く事なく育てられ、

小さいお子様は3人、後のお子様は、大きくなってしまっているので、

近所のお子様も、2人か、3人みてあげているので、

合計5、6人になる。

大変だなと思われるのですが、そのお母さんは全然動かなず。

「○○ちゃん、危ないわよ」と、声をかけるだけで、

全然、心配には至らない。

しかも、愛情で、お子様達を操りますので、

子供達は逆らわない為、それは、それは、見事なものです。

それと同じく、「ア」と言うのは、宇宙(心)と一体になるので、

宇宙は、家なので、「ただいま」と言う。

その境地を「ア」と言う。

これは、人間の最高の境地ではありません。

これは、5つの段階のまだ、3段目です。

後、2段「エ」と「イ」があります。

「ア」と言う境地は、言霊の学問の入り口(玄関)になる。

玄関とは禅の言葉である。

この玄関の玄は、

玄の、玄と言いまして、奥の、奥、の事を言い

神社で言うと、奥宮にあたり、

その奥宮にいく前の、おふしょの事を言う。

家で言うと、主人が住んでいるところの前にある関所だから、

玄関という。

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飛騨高山の古い町並 © SHori クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/

 

この「玄」を使いますと、道の一番奥の「ゲン」。

一番奥の真理を「ゲン」という。

また、「玄(げん)」は、「くらい」とも読み、

一番暗くて、一番大切なものを閉まってあるところを

「ゲン」という。

「ア」と言う境地は、関所にあたり、

「ゲン」は、まだ、奥の奥にある。

これが、言霊の学問である。

 

日本で言いうと、

2000年間は言霊の原理が隠されていましたので、

宗教が、玄関に入るまでの修行をしてきました。

宗教は、玄関にすぎなくて、まだ、

2つ言霊の原理があると言う事がわかると、

一生かけてやるものじゃなかったんだとわかりますから、

サラッと、通り抜けてください。

サラッと通り抜ける道は、1つだけあります。

これを実行すれば、必ず通ります。

3年と、かからないでしょう。

人間の行動の最も集約されたもで、人はいろんな行動をします。

命をかけて、いろんなものを求めたり、

戦争をし殺しあったり、人と人が葛藤したり、

ただ一つの事で、キュッと統一しいるものがあるのです。

日常一般的で当たり前のことで、どなたもそれに気がつかない。

言葉とは、良くも悪くも、言葉でもって集約させている。

その言葉を交わすことによって、

自分が言った言葉の意味を知れば、「ゲン」は、理解できるものである。

「ゲン」とは、言葉の元の事であるという事。

言葉というものがものすごく大事なものとわかりますと、

関所を通り越していることになる。

「このやろう」と言ったら、

誰もがケンカすることだろうと思うでしょうが、

「このやろう」の中に、私の心をわかってくれよな。

「このやろう」の中に、お前のこと、一生見たくない。

などの意味が含まれています。

「このやろう」と言った時の言葉の意味が読み取れれば、

玄関を通り越して、「ゲン」に入ってしまった。

状態であるという事。

このことがわかると、言霊の学問は、

するするとわかるようになります。

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上色見熊野座神社 © RyotaFuno クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/

 

2000年の闇世からやっと、目覚め、昭和44年、

言霊の学問のに関する正式な本が

この世の中に初めて出版されたのです。

その書物が「言霊百神」になります。

この「言霊百神」のはしりがきには、

「言霊の本が出たんだ、出たんだ、出たんだよと、大空に叫ぶ」と、

記載されており、2000年の闇世から、

日本人(人間)であるべき書が、出版されたのでした。

今までの2000年は仮の世の中だったのです。

この、言葉の原理というのが明るみになったという事は、

人間が人間として、1日1日を暮らせる大元の原理が出たんだと

作者は、大変喜んだそうです。

 

言葉というものは、

空気のようになんとなく使っているものなのですが、

言葉というものは、全てのものを知る事なのです。

 

「このやろう」という言葉の中に、

恨みの念、怒りの念、哀れみの念、・・・など、

いろんな意味が含まれています。

その言葉を聞いたときに、即座に全部が理解できるという事は、

人生経験を積むことにより、全部わかるということであります。

また、それは、同時に空(くう)を知るという事になり、

いろんな現象があり、元の空(くう)と言うものは、

元の宇宙(心)から出てくる一過性の出来事に過ぎない為、

この出来事に頭を悩ませる必要がないという事が、

確かめれた時に、言葉の大切さを知るのです。

かと言って、言葉を慎重に話せばいいかというと、

そういう訳でもなく、

言葉の中のニュアンスというものは、

自分じゃないものに関しては、

話し合っているうちにわかってくるものなのです。